夏の津軽は「あけぼの」で⑦(雪の溶け込んだ海)
2005年7月17日、灼熱、蟹田。
その山は、蟹田の町はづれにあつて、高さが百メートルも無いほどの小山なのである。けれども、この山からの見はらしは、悪くなかつた。その日は、まぶしいくらゐの上天気で、風は少しも無く、青森湾の向うに夏泊岬が見え、また、平館海峡をへだてて下北半島が、すぐ真近かに見えた。東北の海と言へば、南方の人たちは或いは、どす暗く険悪で、怒濤逆巻く海を想像するかも知れないが、この蟹田あたりの海は、ひどく温和でさうして水の色も淡く、塩分も薄いやうに感ぜられ、磯の香さへほのかである。雪の溶け込んだ海である。
(中略)
蟹田地方には、蟹田川といふ水量ゆたかな温和な川がゆるゆると流れてゐて、その流域に田畑が広く展開してゐるのである。(中略)観瀾山から見下すと、水量たつぷりの蟹田川が長蛇の如くうねつて、その両側に一番打のすんだ水田が落ちつき払つて控へてゐて、ゆたかな、たのもしい景観をなしてゐる。
僕もこれに倣って観瀾山へ登ってみようと蟹田駅前から歩き始めましたが、暑いのなんのって。これは1㎞ちょっととは言えたどり着く前にへばってしまうかもしれない。そう思いながらとぼとぼと国道280号線を歩き進みましたが、途中スーパーに入ったらば酒類も売っていたので、観瀾山の頂上で飲もうと缶ビールを買うことができ、これでがぜん元気が出ました。よーし、登ってやる、観瀾山。
観瀾山の登り口。
低い山だが木陰が多く涼しい。
「観瀾山」碑。
とは言え、太宰も書いているとおり、観瀾山は高さ100mあるかないかの小山。いったんたどり着いてしまえば、頂上へ登るのは簡単です。
そしてついに登り詰めました、観瀾山。太宰の文学碑がある場所からは、夏霞がかかっていて、太宰が書いたようには夏泊半島も下北半島も見えなかったけれど、夏のむつ湾の海がずっと遠くまで青くきれいに見えました。「津軽」の「雪の溶け込んだ海である」という一節が好きです。さすが太宰、と膝をぽんっと打ってしまう素敵な表現。ああそうか、津軽の海というのはそういう海なんだなと一人合点をしながら、缶ビールのプルを開けました。観瀾山、太宰、雪の溶け込んだ海、そして缶ビール。夏の津軽のほんの一コマです。
頂上の文学碑と向こうのむつ湾。
碑には佐藤春夫が揮毫している。
観瀾山からすぐ下に見える海は、観瀾山公園海水浴場、その右には展望タワーのような「風のまち交流プラザ・トップマスト」がかげろうに揺らめきながらそそり立っています。蟹田にはなんとも似つかわしくないこじゃれたデザインのここでは外ヶ浜町の特産品の販売などが行われているそうです。この日はその向こうに消防自動車がずらり。近隣各消防団の演習でしょうか。この暑いのにごくろうさまなことです。
観瀾山公園海水浴場。
トップマストと消防の演習。
さて、缶ビールも飲んで多少はクールダウンできたので、ぼちぼちと蟹田駅へ戻ります。
観瀾山の入口から少し歩くと、蟹田川にかかる橋を渡ります。「津軽」では観瀾山からそのゆるゆるとした流れが見下ろせることになっていますが、今は民家などがたて込み、観瀾山の上からでは流れは見えなくなってしまいました。
蟹田川を渡る。
しかし帰り道もまあ暑いのなんのって。さっき飲んだ缶ビールが全部汗になって出て蒸発してしまうくらいてこてこと歩いて、ああもうだめだ倒れると思う直前になんとか蟹田駅へ戻ることができました。ああよかった。
蟹田駅。昭和26年12月5日開業。
青森行き334M。
三厩行き331Dが休憩中。
334Mの蟹田発車時の車内はがらがら。オールロングシートでもこれぐらい空いているとまだしも気持ちよい。蟹田を出てすぐは左にむつ湾の海が広がります。青森までは40分ちょっと。着いたらお昼を食べなくちゃ。
334Mの車内はがらがら。