毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

夏の津軽は「あけぼの」で⑤(ごらんあれが龍飛岬)

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111537.jpg ▲ごらんこれが龍飛灯台、北のはずれと~。

 

 2005年7月16日、龍飛崎。

 

 宿に荷物を落ち着けてまだ18時過ぎ。日はまだ長いので、宿の前から龍飛埼灯台まで散歩をする時間は十分にあります。

 

 宿から龍飛灯台に向けてゆるく坂になった道をのんびり歩いていきます。まだ蒸し暑さが残っていますが、それでも海から吹き上げる風が心地よいです。だいぶ道を上がってきて振り返ると、宿の向こうに津軽半島の袰月・高野崎、さらにその向こうにはうっすらとですが平舘海峡を越えて下北半島の脇野沢あたりも見えています。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111541.jpg 向こうにうっすらと下北半島が。

 

 龍飛灯台の手前に存するのは演歌「津軽海峡冬景色」の碑。青森駅裏のメモリアルシップ「八甲田丸」の前にも同じような石碑があり、同じようにスイッチを押すと歌が流れるようになっています。しかしこちら龍飛のほうは、ボリュームがでかすぎる!唐突に爆音とも言うべき大音量の「津軽海峡冬景色」が流れ出した時には誰もがのけぞってしまうことウケアイです。ちなみに、「津軽海峡冬景色」には「ごらんあれが龍飛岬北のはずれと~」という歌詞がありますが、青函連絡船からは龍飛崎は見えないと思うのです。みなさん、どう思いますか?

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111545.jpg 大音量で「津軽海峡冬景色」。

 

 さてさて、龍飛灯台とその横にある展望広場のようなところまで上ってくると、さらにまたずいぶんと見晴らしがよくなってきます。東には遠くうっすらと下北半島が見え、北ははるか北海道まで続く海原。南側には風力発電施設の大きな風車群と、その下のほうには「青函トンネル本州方基地龍飛」の看板も見えます。今は一部が青函トンネル記念館になっていますが、建設工事が行われていた当時は多くの作業員とその家族がここに住み、青函トンネル特需で大いに潤い、大いに賑わっていたのでしょう。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111552.jpg 龍飛の風力発電施設。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111558.jpg その下側は青函トンネル建設基地。

 

 龍飛埼灯台は1932年(昭和7年)7月1日が初点灯で、当初は視界が悪いときに音で船舶に位置を知らせる霧信号業務や無線標識業務も行い、1954年からは計測データを船などに伝える船舶気象通報業務を行っていましたが、初点灯から約73年の2006年4月1日に、各種機器の自動化に伴って灯台守の役割は終わり、無人化されてしまいました。僕が訪れたこの時にはまだ職員が常時滞在していたわけですが、この当時で職員が常時滞在するのは全国でも龍飛埼と女島灯台長崎県五島市)の二つだけとなっていたそうです。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111602.jpg 点灯して75年の龍飛埼灯台

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111620.jpg 見下ろすとあれが岬の先端か。

 

 津軽半島の西海岸も遠くまで見通せます。外海になるせいか、西海岸のほうが険しい印象を与えます。また、龍飛崎にもところどころに戦争当時の施設跡が今も残っています。北辺の要衝として龍飛崎を守り津軽海峡を監視する場所として重い任務が課せられていたのでしょう。「津軽要塞重砲兵聯隊龍飛砲台跡」を示す標識も立っていました。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111611.jpg 西海岸を小泊岬まで見通す。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111605.jpg 海軍の望楼がそのまま残る。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818111617.jpg国定公園龍飛埼というかすれた文字の向こうに、この日は北海道は望めなかった。