毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

文廟(Văn Miếu)(ハノイでクリスマス!;その15)

イメージ 2 ▲「Văn Miếu(文廟)」の南端の入口「文廟門」。ここから入って散策スタート。

 

 2014年12月27日、ハノイのシンボル。

 

 「Cafe MAI」でコーヒー豆を購入したあとは、「Văn Miếu(ヴァンミェウ)」へ行きました。タクシーで行ったのですが、あとで地図を見て復習すると、ハノイ駅の裏手のあたりで、実はホテルからそんなに遠い場所ではなかったようです。

 

 「ヴァンミェウ」は漢字で書くと「文廟」で、これの広東語の発音は「マンミウ」。ベトナム語と広東語は発音が非常に似てるんですねー。例えば「銀行」、ベトナム語は「ngân hàng(ガンハン)」で広東語は「ngan4 hong4(ガンホン)」、「大学」はベトナム語で「đại học(ダイホック)」、広東語は「daai6 hok9(ダーイホック)」。また、「ホテル」のことはベトナム語で「khách sạn(カックサン)」といいますが、これはたぶん「客棧」から来ている言葉で、広東語では「haak3zaan6(ハックザーン)」です。ベトナム語と中国語が近いのは歴史的にももちろんなのですが、南方だけに、発音は北京語よりははるかに広東語の方に近いのです。

 

イメージ 1 ▲文廟の東側は「Phố Văn Miếu(文廟通り)」という道になっています。これはその標識。

 

 さて「ヴァンミェウ(文廟)」とは、「孔子廟」のこと。孔子を祀った廟なんですね。ベトナムで最初の大学(最高学府)「国子監」もここに置かれたので、「Quốc Tử Giám(クォック・トゥ・ザーム;国子監)」とも呼ばれています。なので、「文廟」の正門前の通りは「Phố Quốc Tử Giám(国子監通り)」、東側は「Phố Văn Miếu(文廟通り)」になっています。

 

イメージ 3 ▲庭園の中の自然に囲まれながら「皇帝の道」を進みます。

 

イメージ 4 ▲そうすると突き当たるのが、「Khuê Văn Các(奎文閣)」。

 

 「文廟」は、1070年に孔子を祀るために建立されたのが始まり。今年で945年も経つのですね。建立以降、折々に増改築が繰り返されたため、敷地内にはさまざまな時代の建物が残っているそう。

 

 敷地のいちばん南にある正門(文廟門)から中に入ると、次の門まで、広い庭園の中を通路をまっすぐ進んでいくことになります。

 

 このまっすぐ伸びる道は「Hoàng Đạo(皇道)」といい、敷き詰められているのは前日に訪れた陶芸の村・バチャンで焼かれたレンガだそうです。大きな樹木の木々はどれもみな立派でハノイの湿潤な気候の中でみずみずしく濃い緑を放っています。

 

 途中「Đại Trung Môn(大中門)」という門をくぐって更にまっすぐ進めば、「Khuê Văn Các(奎文閣)」に突き当たります。

 

イメージ 5 ▲「奎文閣」をくぐると真四角な池がありました。

 

 「奎文閣」は、ハノイ市の市章にもデザインされているほどで、ハノイのシンボルなのだそうですが、建てられたのは1805年のグエン(阮)朝の頃。2階にある四方を向いた丸窓は、北斗七星の第一星から第四星まで(これを「奎星(けいせい)」という。)を表したものです。「奎星」は古来中国では文字やぶんがくをつかさどる神であり、さすが「文廟」ならではの建物だなと思います。

 

 「奎文閣」をくぐってその先に出ると、真四角な池。これは「Thiên Quang(ティエンクアン;天光)」といいます。日光を池面に反射させて両脇に並ぶ碑文を照らし、その栄光を示す意味がこめられているのだとか。

 

イメージ 6 ▲「ティエンクアン」の池の方から「奎文閣」を振り返ると、「奎星」の一つがよく見えて。