毎日ヶ原新聞

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十和田市現代美術館(Long Summer Vacation;その36)

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▲対峙する巨大おばさんとこども。

 

 2018年7月16日、撮影可。

 

 十和田湖畔からは、国道102号線をひたすら下って(ひたすらと言っても40km弱ですが。)、十和田市現代美術館にやってきました。今回は、2015年9月以来ほぼ3年ぶりに、ちゃんと館内に入って見学したいと思います。

 

 十和田市現代美術館の特徴をよく表しているがその英語名。アート・ミュージアムじゃないんですよ。「Towada Art Center」というのです。

 

 十和田市では、市のシンボルロード「官庁街通り」に空き地が増えてきたことから、より魅力的で美しい官庁街通りの景観を作り出すことも含めて、アートによる未来へ向けた新しいまちづくりプロジェクト「Arts Towada」が2005年に始動。その中核となる拠点施設として、十和田市現代美術館が2008年4月26日に開館しました。館内には、常設展スペースのほか、文化芸術活動の支援や交流を促進する拠点として、企画展スペース、カフェ、市民活動スペースなども設けられ、多様な機能を持たせているとのことなので、十和田市が展開する「Arts Towada」プロジェクトの中心地ということで「Center」という名称が与えられたのではないでしょうか。

 

 

f:id:mainichigaharu:20191002234630j:plain▲巨大おばさんと対峙する普通のおばさん三人組。勝てないと思う。

 

 館内は、ひとつの作品に対して独立したひとつの展示室が与えられ、個々の展示室を「アートのための家」として独立させ、敷地内に建物を分散して配置し、それらをガラスの通路で繋ぐという構成になっています。

 

 ひとつの作品にひとつの展示室なので、その作品に合わせた建築空間をつくることで作品と建築空間がより密接な関係を結ぶことができ、また、建物に大小のボリュームをつけることと、展示スペースにいろいろな方向を向いた大きなガラスの開口を持たせることによって、作品が街に対して展示されているかのように開放的になり、大小の建物が並ぶ通りの景観との連続性が生じてアート作品と都市が有機的に混ざり合い、来館者が屋内空間と屋外空間を同時に体験することができるのだそうです。

 

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▲単体で写真を撮ると、生身のおばさんとしか思えないリアルさ。

 

 常設展では、現代美術の分野で活躍する国内外のアーティスト33組による38の作品が、館内だけでなく、敷地内外のさまざまな場所に展示されています。

 

 エントランスホールで入場券を買って順路を進むと、最初の展示室で早くも度肝を抜かれます。そこに立っているのは、身長約4mのおばさん。オーストラリア生まれでロンドン在住のアーチスト、ロン・ミュエクの彫刻作品「Standing Woman」。あまりにもリアル。そのがっしりした体格とギロリと何かを睨んだ厳しい目つきに、訪れた者は完全に圧倒されてしまいます。

 

 実は、2015年に訪れたときは、館内はエントランスホールと「cube cafe & shop」以外は撮影禁止だったんですが、「Standing Woman」の展示室で写真撮影している来館者がいたので、学芸員さんに尋ねたところ、「撮っていいですよ」とのこと。常設展有料エリアでは、ボッレ・セートレの作品「無題 / デッド・スノー・ワールド・システム」以外は、個人的に楽しむ場合など非営利目的でのみ、2017年10月7日から写真を撮影してよいことになったのだそうです(フラッシュ・三脚・自撮棒の使用及び動画の撮影はダメ。)。これはうれしい。この「Standing Woman」、やっぱりどうしても写真に撮りたくなるものね。

 

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▲森北伸氏の作品「フライングマン・アンド・ハンター」。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234650j:plain▲空が晴れていれば、空から雪が降っていれば、また違うふうに見えるのでしょうね。

 

 常設展、本当におもしろくて興味深い作品ばかりなんですが、中庭の建物と建物の微妙な隙間を巧みに利用した作品が森北伸氏の「フライングマン・アンド・ハンター」。ムンク「叫び」みたいなのがひらひらと飛んでいるのか、建物の壁に両手両足をつけて這いずっているのか、それと対峙しているのがこれまたひらひらとした、「ハンター」だというのだから持っているのは弓でしょう。空を見上げて初めて見つけることができる作品で、ということは、刻一刻と表情を変える、晴れの日もあれば雨が降る日もある空の変化も、作品の一部ということになるのでしょうか。

 

 中庭には、かのオノ・ヨーコさんの作品も展示されています。タイトルは「念願の木」。1996年から各地で展開している行われている、観客が自分の願いごとを短冊に書き木に吊るしていくことで平和を祈願するという参加型のプロジェクトで、短冊は一年に一度オノさんの元に届けられ、アイスランドレイキャビクにある《イマジン・ピース・タワー》の台座に収められます。ここ十和田での「念願の木」はやはりリンゴの木。「念願の木」の下には、玉石を川に見立てた作品「三途の川」が流れ、その奥には、来館者が実際に鳴らすことのできる京都の古寺から寄贈された鐘を用いた「平和の鐘」が置かれ、中庭全体がインスタレーション・アートになっています。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234640j:plainオノ・ヨーコさんの作品、リンゴの木を使った「念願の木」。その下は「三途の川」。

 

 今をときめく青森県出身のアーチストと言えば、弘前市出身の奈良美智氏。青森県立美術館にもコレクションが展示されているそうですが、十和田市現代美術館の方では、「cube cafe&shop」が入っている建物の壁に、奈良美智氏の作品が描かれています。タイトルは「夜露死苦ガール2012」。壁際に立って間近に鑑賞したり一緒に写真を撮ったりすることもできるし、メインの建物の屋上から見下ろして鑑賞することもできます。

 

 ちなみに、「夜露死苦ガール2012」の描かれた壁の隣の壁(官庁街通りに面した方の壁)に描かれているのは、イギリス出身の現代作家ポール・モリソンの神話に登場するリンゴの木をモチーフにした絵「オクリア(Ochrea)」。高さ10m、幅20mあります。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234655j:plain▲メインの建物から遠望した奈良美智氏の「夜露死苦ガール2012」。

 

 この日は、特別企画展として、2018年6月2日から10月14日までの期間、「十和田市現代美術館開館10周年記念展 スゥ・ドーホー : Passage / s パサージュ」をやっていました。

 

 スゥ・ドーホーは、ソウル出身のアジアを代表する世界的美術家で、常設展の方には「コーズ・アンド・エフェクト」という作品が展示されています。今回の特別企画展「Passage/s」では、半透明の布を使った彫刻シリーズの最新作が展示されていました。これまで、家、物理的な空間、移動、記憶といったテーマについて考え、ドローイング、映像、彫刻などさまざまな素材に取り組んできた中で、この半透明の布を用いた彫刻のシリーズは、スゥ氏がそれまで住んだ空間の手触りと繊細な細部を再現するもので、作品は軽くて持ち運びができ、どんな場所にでも設置できるので、スゥ氏自身によって「スーツケース・ホーム」と呼ばれているそうです。スゥ氏からは、今回の特別展にあたり、十和田市現代美術館の展示コンセプトに触れた上で、「重さのない構造物のなかを通り抜けることができるこの作品は、見る人を、一つの文化や建築から、別の文化や建築へと連れ出し、その過程で様々な境界や想像上の場所が交差するような体験を引き起こすでしょう」といったメッセージを寄せています。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234706j:plain▲韓国の芸術家スゥ・ドーホーの特別企画展「Passage/s」。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234700j:plain▲半透明の布を用い、スゥ氏がそれまで住んだ空間の手触りと繊細な細部を再現。

 

 最後に立ち寄ったのは「cube cafe&shop」。三連休ということもあって、混み合っています。

 

 奈良美智氏の「夜露死苦ガール2012」が壁に描かれた長方形の建物の中にあるこのカフェ&ショップ、官庁街通り側が全面ガラス張りになっていて、外にいるような中にいるような、境目のない開放感にあふれています。そして、床一面には色彩鮮やかなお花の絵がたっぷりと描かれています。これは、日常で使われるテキスタイルからとった伝統的な花模様を壁や床に描いた絵画作品で知られるマイケル・リン氏の作品。十和田市の伝統工芸「南部裂織」から着想を得た花模様のコラージュが描かれています。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234714j:plain▲高さ9mの全面ガラス張りが特徴の「cube cafe&shop」。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234710j:plain▲床一面に描かれているのはマイケル・リン氏が描いた花模様のコラージュ。

 

 十和田市現代美術館の大きな特徴のひとつに、作品が屋外にも展示されているというのがあります。官庁街通りをはさんだ向かい側は「アート広場」と呼ばれ、5アーチストによる6作品が展示されています。

 

 その中で華やかさで目を惹くのは、その水玉模様からすぐにわかる草間彌生氏の作品「愛はとこしえ十和田でうたう」。カボチャ、少女、キノコ、犬たちの8つの彫刻群で、子どもたちも大喜びしてしまいそうな楽しい作品です。

 

 その隣は、オーストリア出身の作家エルヴィン・ヴルム氏の「Fat House / Fat Car」。太るという生物としての仕組みを機械や建物に重ねることで、ヴルム氏は「私たちの当たり前」を裏切り、生活の基準となる価値や常識が非常に曖昧なものであることを教えてくれているようです。

 

 屋内と屋外が結びつき一体となって美術作品が展示される十和田市現代美術館は、本当に見応え十分。官庁街通りの桜や松並木の季節の移ろいとともに作品たちも表情を変えるので、何回訪れても楽しめます。よくこれだけの美術館を十和田市に開くことができたものだと、感心します。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234718j:plain▲一目見て草間彌生氏の作品だとわかる水玉模様の彫刻群。草間氏は今年90歳。

 

f:id:mainichigaharu:20191002234722j:plain▲太るはずがないと思い込んでいるものが太っている、エルヴィン・ヴルム氏の作品。