毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

いきなり突然、国鉄急行色(念願かなってセイロンティーの旅;その43)

イメージ 1 ▲羽田空港13番ゲートで出発を待っているのは07:40発の長崎行きJAL605便。

 2017年4月29日、前方後円墳。

 いよいよGWがスタート。全国の観光地が混雑しまくるこの時期に旅行に行かなくてもよさそうなものですが、今回は敢えて、これから長崎旅行に出発します!なお、スリランカ旅行とはまったく全然関係ないですが、時期が一連のものになってますので、引き続き「NuwaraEliya(17春) 」の書庫に格納していきます。

 そんなわけでやってきた早朝の羽田空港。まだ朝7時にもなっていないというのに、第1ターミナルの出発ロビーは大混雑です。

 これから乗るのは、07:40発の長崎行きJAL605便。この日の機材はレジJA-8975をつけたB767-300。13番ゲートから07:35に搭乗して、中央列の17番F席に着席。機内はぎっしり満席です。

イメージ 2 ▲薄曇りの長崎空港に到着したJAL605便。後ろに見えるのは名古屋中部行きANA372便かな?

 07:49にプッシュバックが始まり、07:53にタキシング開始。はるばるD滑走路までタキシングして、08:06にRWY05から離陸しましたが、なんせ中央列に座っているので、機窓の様子はまったくわかりません。

 ハッと気がつけば、あれよあれよという間に飛行機は高度を下げ、09:40に長崎空港RWY32にランディング。途中端折ったようで申し訳ない(笑)。機窓の外が全然見えないんだからしょうがないでしょ!

 というわけで、長崎空港からはレンタカーで出発します。平戸方面へ向かうのですが、長崎自動車道は使わずに、下道でのんびり行こうということになり、空港連絡橋を渡って大村市街地へ入ると、大村湾沿いの国道34号線を走ります。

 すると、30分ほど走って、長崎自動車道の東そのぎICの入口のあたりで、突然左に美しい斜面をもった真っ青な芝生の小山が目に止まり、思わず写真を撮りました。これは「ひさご塚古墳」という前方後円墳で、道の駅「彼杵の荘」に隣接する「歴史公園 彼杵の荘」の敷地の中になっているようです。今から約1,500年前にこの地域を治めていた有力な豪族の墓で、神功皇后の三韓征伐の際に武内宿禰(たけのうちのすくね)の配下として従軍した武将の墓であると言い伝えられているそうです。造成されたのは5世紀の始めごろとされ、全長58.8m、後円部の直径37.7m、前方部の幅18.5mであったとのことです。下車してゆっくり見学してみたいですね。

イメージ 3 ▲東そのぎICの入口近くで突然現れた美しい形の前方後円墳(後円部)。

イメージ 4 ▲ひさご塚古墳からは国道205号線に入ってのんびりと大村湾を眺めながら進みます。

 ひさご塚古墳からは、山手へ入って行く国道34号線から分かれて、海べりを行く国道205号線を、大村湾の美しい景色を眺めながら進みます。

 少し行くと、右側からJR大村線の線路が近づいてきて、これを跨いで線路が左側に移ると、しばらくの間、大村線と国道205号線が並走します。そこに、前方からいきなり国鉄急行色の2両編成の列車が走ってきたではないですか!大村線と言えば、ブルーが鮮やかな快速「シーサイドライナー」の独擅場だと思っていたので、まさか国鉄急行色がやってくるとは!

 先頭車両の行き先表示には「ワンマン 快速 長崎」とあったので、これも間違いなく快速「シーサイドライナー」。先頭車両はキハ66-110であることがわかったので、これはキハ66-110+キハ67-110の第10編成で、2011年3月に国鉄急行色へ塗装変更されたものらしいです。キハ66・67系気動車は筑豊地区の輸送改善を目的に製造・投入された車両だそうなので、九州でしか見られないでしょう。確かにこの塗装で両開き自動扉が2箇所についているというのは、東北地方の人間にはあまりにも新鮮。珍しいものが見られてよかったです(^^)。ちなみにこの列車は佐世保10:14発の3225D快速「シーサイドライナー」です。

イメージ 5 ▲思いもかけず見ることができた国鉄急行色のキハ66・67。彼杵~川棚間にて。