毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

じょっぱり(萩の花咲く秋のニッポン旅;その7)

イメージ 3 ▲急行「はまなす」が発車したら飲むのだ。弘前の地酒「じょっぱり」。

 2014年9月24-25日、足を投げ出して。

 さて、そろそろ僕も急行「はまなす」に乗りましょう。

 飛び石連休明けの余韻で混んでたらヤだなと少し心配していましたが、自由席座席車の7号車はそんな心配なぞまったく無用の空き具合(^^)。車内に合計10人はいないでしょう。僕はいちばん後ろの右側窓際席16番D席に陣取り、前の座席15番C・D席のシートを回転させてボックス席にし、広々とした空間を独占して、青森を出発するつもりであります。

イメージ 1 ▲もうすぐ隣の4番線に「つがる9号」が到着して、そのあと「はまなす」が発車します。

 かつて寝台特急「あけぼの」に乗るときは、上野発のときも青森発のときも、夕食になるものを大量に買い込んで乗り込んだものですが、「はまなす」は発車時間が遅いこともあり、夕食は先ほど外で済ませてきました。なので、今回はお酒を少々持ち込んだだけ。弘前・六花酒造の地酒「じょっぱり」のワンカップです。飲み飽きすることのない良い酒です。夜行列車、ウマイ酒、文庫本、汽車旅にこれ以上の組み合わせはないでしょう(^^)。

イメージ 4 ▲文庫本と地酒「じょっぱり」。あとは発車を待つばかり。

イメージ 2 ▲自由席座席車7号車の青森発時点の乗車率はこんな感じ(^^)。

 22:12に1番線に八戸からの593Mが着いて、それから我が急行「はまなす」の発車です。他の車両がどれぐらい乗客で埋まったのかわかりませんが、7号車は10人足らずの乗客を乗せて、22:18、急行「はまなす」は青森駅を発車しました。

 古川跨線橋の下で青い森鉄道(旧東北本線)と分かれて右へ大きくカーブを描き、我が母校・千刈小学校を右に見ながら実家の近所を走り、沖館川を渡って奥羽本線と別れ、また右へカーブしながら津軽線へと入っていきます。左側に広がるのはJRの車両センターです。

イメージ 5 ▲キタナイ足をお見せして恐縮。こうして足を投げ出して夜汽車に揺られるのがよいのだ(^^)。

 22:43に到着する蟹田では、旅客扱いはなく、運転停車のみ。ここでおやすみ放送が入り、寝台車は消灯し車内放送は明朝まで中止、座席車は減灯する旨が告げられます。

 中小国を過ぎて海峡線に入ると、新幹線の工事がずいぶんと進んでいることが夜目にも見えます。このあたりからトンネルが連続するようになり、特急「スーパー白鳥」なら、なんというトンネルを通過中なのか車内に掲示されますが、急行「はまなす」ではそうはいきません。青函トンネルに入る前に、寝台特急「北斗星」とすれ違い、いつの間にか入った青函トンネルの中のどこかで寝台特急「カシオペア」とすれ違いました。

イメージ 6 ▲北海道に上陸し、23:57、木古内で運転停車。

 23:45に青函トンネルを出て、北海道に上陸。真っ暗なのでよくわかりませんが(^^ゞ。

 木古内には23:57に到着。ドアは開かず、運転停車です。コンテナ貨物列車と交換しました。

 札苅駅を通過して少し行くと、踏切の上で停止。何か事故でも起きたのかと思っているうちに列車はまた動きだし、ホームも見えてきました。泉沢駅で交換待ちの停車をしていたようです。8両編成のいちばん後ろに乗っていたので、ホームが足りなくて踏切の上になっていただけでした。交換した列車は、函館からやってくる木古内行きの最終列車136D、泉沢着00:07でした。

イメージ 7 ▲00:44、深夜の函館駅8番線に到着。

 やがて左側から函館本線が近づいてきて、五稜郭駅を複雑な配線を経ながら通過し、00:44、函館駅8番線ホームに到着。以前は01:00着だったのが00:44着に早まり、しかし函館発車時間は変わっていないので、函館駅での停車時間が長くなり、01:23の発車時間まで、39分間も停車します。

 函館駅に到着してドアが開くと、寝台車に乗っている人が降りてくることはまあないでしょうけれど、座席車の人たち、特に鉄道ファンの人たちはホームに降りて、40分近い時間を思い思いに過ごします。深夜の空気が爽やかで気持ち良いです。

イメージ 8 ▲函館では39分の長時間停車。

イメージ 9 ▲右上の方に見える白い明かりは函館山の頂上か。