毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

DE10-1763(ニッポンの秋を探して・その40)

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153531.jpg ▲先頭にDE10-1763が連結されて引き上げ準備が整った寝台特急日本海」。

 2011年11月8日、終点に着いたなら。

 終点青森駅に到着した4001レ寝台特急日本海」、切り離された機関車が去って行ってしまうと、ホームには静寂が戻ります。この日はフル編成での運転だっただけに機関車の停車位置は青森駅3番線ホームのいちばんはずれのあたり、かつて青函連絡船桟橋へと続いていた跨線橋の上り口のあたりになり、すっかり短編成化されてしまった他の列車はほとんどやってこないので、とりわけ閑散とした雰囲気が漂います。けだるい朝の青森駅です。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153522.jpg ▲青森ベイブリッジよりもだいぶ海寄りに停まりました。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153517.jpg ▲機関車が去って顔を見せた電源車。

 「日本海」を降りた人々はとっくに改札口へと向かい、機関車が去ってしまうと鉄道ファンも散ってしまい、ブルーの長い客車だけが取り残されたように3番線ホームいっぱいに横たわっています。

 寝台車を10両も連結しているのに、ほとんどモノクラス。開放式B寝台車9両と開放式A寝台車1両のみで、個室寝台もゴロンとシートもカーペットカーもない編成でよくぞ今まで走り続けたものです。これはひとえに修学旅行需要に支えられてのこと。この編成だからこそ、修学旅行の100人、200人というまとまった団体を引き受けることができたのです。もちろんその需要は現在もあり、「日本海」の定期運行の廃止は、沿線高校の修学旅行計画に大きな影響を与えました。修学旅行利用がないときでもそれなりの利用率を誇っていただけに、廃止は納得がいきません。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153527.jpg ▲増結時でなければお目にかかれない7号車。

 駅舎へ続く跨線橋の上り口のほうまで戻ってくると、1号車の側では引き上げ用のディーゼル機関車の連結が既に完了し、出発を待っているところです。この日の引きあげ担当機関車はDE10-1763。ぴかぴか塗装でまるで新車のようです。

 客車列車全盛時代には列車の出入線作業のためにひっきりなしに往来し、青函連絡船廃止までは海峡を跨ぐ貨物列車の貨車の出し入れにも欠かせなかった機関車がDE10。それが今や、青森駅に姿を現すのは「あけぼの」「はまなす」「日本海」の発着時だけとなってしまいました。このブログでは、引きあげのために連結されたDE10の姿を何度もUPしていますが、青森駅にはなくてはならない存在として長い間活躍してきているDE10の姿をできる限り目に焼き付けておきたいと思っています。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153536.jpg ▲青森ベイブリッジをバックにDE10-1763。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153603.jpg ▲引きあげの出発時刻を静かに待つ。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153541.jpg ▲DE10-1763は昭和53年川崎重工業兵庫工場製造。昭和53年配属以来一貫して青森で活躍。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153550.jpg ▲客車との連結面。奥は青い森鉄道の08:46発八戸行き快速504Mかな?

 駅舎へと続く跨線橋に上り、「日本海」を上から見下ろします。いつもなら先頭のDE10から全編成が見渡せるのですが、この日はフル編成だったせいでDE10が跨線橋の下に入り込んでいて、カメラのフレームから切れてしまいます。

 定期運行の「日本海」、僕にとってはこのときが乗り収め、見納めとなりました。このあと1月末にも乗る計画があり寝台券も確保したのですが、記録的な豪雪と厳しい寒さのため運休が続き、乗ることができませんでした。そしてそのまま今年3月16日を最後に、日本海縦貫線を走り続けてきた「日本海」の定期運行が廃止となりました。これまでいくつもの寝台特急、夜行列車の廃止を見てきましたが、「日本海」の廃止が、いろいろな意味で僕に最大の寂寥感をもたらしたような気がします。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818153608.jpg ▲フル編成で長すぎるせいでDE10の顔をとらえることができません。