毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

6年ぶりのねぶた帰省(その10;五所川原立佞武多)

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            ▲初めて見る生の立佞武多、で、でかい!

 2011年8月5日、立佞武多の館。

 真夏の津軽、昼を過ぎてますます暑くなってきました。

 金木で太宰治の生家「斜陽館」と「津軽三味線会館」などを参観し、次は五所川原へと向かいます。ここでは、僕も今まで本物は見たことのない「立佞武多」とちょこっとだけ見ます。立佞武多は毎年8月4日から8日まで行われるので、夜まで待てば外で運行する姿を見られるのですが、残念ながら夜までいられないので、通年で立佞武多が見られる展示スペース「立佞武多の館」へ足を運びます。

 「立佞武多の館」は、立佞武多祭りに出陣する大型立佞武多3台を常時格納・観覧できるほか、新作立佞武多の製作体験、津軽の民工芸の製作体験、五所川原ネプタのお囃子の練習など様々なイベントが行われる施設で、祭り期間中ということもあり、大勢の観光客でにぎわっていました。

 そんなわけで、僕も本物の大型立佞武多を目にするのは初めてだったんですが、いやいやいや、これは圧巻です。だって、高さが22mもあるんですよ!眺めていると首が痛くなってくるし、カメラに収めるのも一苦労です。

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               ▲鍾馗さまが題材の「夢幻破邪」。

 この巨大な「立佞武多」が五所川原の記録に登場するのは明治40年頃だと言われています。しかしその後は、大正時代になって電気が普及するに伴い電線が張り巡らされたことで山車は小型化の一途をたどり、戦後に起きた2度の大火で設計図や写真も失われ、そのまま巨大な「立佞武多」は姿を消しました。

 しかし、1993年に至って当時の設計図と写真が発見されたことをきっかけに「立佞武多」復活の機運が高まり、運行コースの電線を地中へ埋めるなどの作業も行って、ついに1998年、80年ぶりに「五所川原立佞武多」が復活を遂げたのだそうです。

 青森ねぶたは「ラッセラーラッセラー」、弘前ねぷたは「ヤーヤドー」というかけ声ですが、五所川原は「ヤッテマレ、ヤッテマレ」。高さ約22m、重さ約17トンの巨大な山車が「ヤッテマレ、ヤッテマレ」のかけ声のもと、市街地を練り歩きます。祭り期間中は立佞武多の館に展示している3台の大型立佞武多と町内・学校・愛好会などでつくられる中型、小型のねぷたと合わせて約15台が出陣します。いやー、この巨大な立佞武多が外を練り歩く姿を見てみたかった!

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              ▲2010年製作のは「又鬼(マタギ)」。

 今年出陣した大型立佞武多は、2011年の新作が「義経伝説・龍馬渡海」。青森県三厩にある義経寺に伝わる「源義経が津軽海峡を無事に渡れるように観音様に祈ったところ、三頭の龍馬が与えられた」という説話を題材にしたもの。

 2010年製作のは「又鬼(マタギ)」。東北地方や北海道の狩人「マタギ」が白神山地でクマ猟を終え、帰りしなに目の前に現れた野ウサギを見逃す場面を描き、自然に感謝し、共生する様を表現したものだとか。

 2009年の製作で、運行参加は今年が最後になったのは「夢幻破邪」。疫病を払う道教の神・鍾馗さまが剣を片手に鬼を押さえつけ睨みつけているシーンには、「犯罪や暴力が世の中にあふれる中、一人一人の心の奥底にある自己中心的な邪心をなぎ払おう」との思いが込められているのだとか。

 長く見ているとホント首が痛くなっちゃうくらい高くて大きいんですが、これ、外でお囃子に合わせて練り歩く姿ってどんななんだろう。来年、見に来たいですね、ぜひ!

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                 ▲4階フロアから見下ろす形で。