中国を走る現役SLを訪ねる旅(その16;朱徳元帥)
▲この角度から見る「朱徳号」もなかなかかっちょええなあ。
2011年6月12日、朱徳元帥について。
上游1395号機が黒煙と蒸気をあげて少々バックして、無蓋貨車の停止位置が定まったようです。機関車は出力を落として、再び静かになりました。これから石炭の積み込みが始まるのでしょう。
位置も決まって落ち着いた。
ブルドーザーお待ちかね。
朱徳は、1886年12月1日生まれ、1976年7月6日没の、中華民国・中華人民共和国の軍人、政治家。中国共産党入党以来軍事部門を指導し、中国人民解放軍の「建軍の父」と評されています。四川省儀隴(ぎろう)の人。中華人民共和国建国後は元帥の首席に列せられ、朱徳元帥と呼ばれて、国家副主席や全国人民代表大会常務委員会委員長などの要職を歴任しました。最初から最後まで、軍事畑で中国を牽引してきた偉大な指導者ということになりましょうかね。
カマ、熱くなってます。
初代「朱徳号」は1946年に当時人民解放軍総司令であった朱徳将軍の60歳の誕生日を祝賀してハルピン機関区の解放形(旧ミカイ)に命名されたのが最初だそうです。その後、1978年大同機関車工場製造の「前進」型が二代目「朱徳号」となりました。1981年頃まではその二代目「朱徳号」が現存していたようです。
すっかり落ち着いた感じ。
今、ここ阜新海州炭鉱で活躍するこの「朱徳号」がその流れを汲むものかわかりませんが、なぜかここに「朱徳号」が生き残っています。どうしてなのか、まったくわかりません。わからないけれど、肖像画もしっかり掲げられて走り続ける「朱徳号」、やっぱりとても誇らしげです。運転台の窓の下には、本来「上游1395」と機番が入るところですが、金色で「朱徳号」と入った赤いプレートになっています。
▲運転台の下にも「朱徳号」と金色で入った赤いプレートが。