毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

2011年お正月はニッポンで(その41;青い森鉄道青森駅)

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818150126.jpg青森駅東口に現れた青い森鉄道の看板。

 2011年1月1日、あけましておめでとうです。

 長々と年末年始レポートやってます。前回でようやく年末分を書き終わり、今回から2011年に突入です。

 12月29日の夜、35分遅れの「サンライズ瀬戸」に乗って坂出を発ち、途中遅れを取り戻して定刻に東京に到着して07:40発の「はやて353号」で青森へ戻ってきたことはコチラの記事ですでにご紹介済みです。

 そうして明けた2011年の元日に、青森駅へ行ってみました。

 遠見には建物の外観などに大きな変化はありませんが、JR東日本旅客鉄道株式会社青森支店の看板の脇に、それよりも大きく「青い森鉄道」の文字とマスコット「モーリー」が掲げられているのが今までとは決定的に違うところです。張り出した軒下には「青い森鉄道あおもり駅」の駅名標もぶら下がっています。

 青森駅東口から駅舎内に入るとすぐ右側に、青い森鉄道のカウンターと切符売場が新しくできています。かつては待合室や売店があった場所です。青い森鉄道の範囲内の切符はすべて自動券売機で買えるので、カウンターまで入る利用客はほとんどおらず、新しいだけに人の出入りがないのは却って寂しい感じがします。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818150131.jpg 青い森鉄道カウンター。

 今まで幾度となく通った改札口上のLED式列車案内も、津軽海峡線津軽線は変わりませんが、奥羽本線に「新青森弘前方面」というふうに「新青森」の文字が加わり、そしてもう一区画は「東北本線」ではなく「青い森鉄道線」になっていました。日本の鉄道の大動脈であった東北本線が失われたことがここにも現れていて、切ない気持ちになります。「青い森鉄道線」の欄に特急や急行など優等列車が表示されることはもはやないのでしょうか。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818150135.jpg東北本線」がない。

 青い森鉄道の自動券売機の脇には青い森鉄道の発車時刻表が掲示してあります。文字が真っ黒です。優等列車が姿を消したことを物語っています。せめて快速は明るい色の文字にすればいいのに。

 優等列車が姿を消しただけではなく、ほとんどの列車がワンマン運転です。青い森鉄道になってからは保安や運行管理上の制限から原則2両編成でしか走れないことと経費削減の観点からワンマンを基本にしたのでしょう。ワンマン運転ではないのは、キハ40形で蟹田から直通して運転され八戸到着後は八戸線での仕業に入る06:11発の八戸行き1524Dと快速「しもきた」、そして10:20発の5552M快速のみ。5552Mは浅虫温泉で5553Mとなって折り返し、青森到着後はそのまま8052M特急「つがる52号」となって大館まで行く4両編成の485系3000番台か3両編成の485系「かもしか」色だからでしょう。快速「リゾートあすなろ下北」は臨時列車なのでこの時刻表には掲載されていませんね。発着番線も06:11発の1524D以外は1番線と2番線で、1/2番線ホームが青い森鉄道専用のホームになったことがわかります。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818150144.jpg ▲黒い文字ばかりでそっけなくなった青い森鉄道の発車時刻表。