毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

チベットの歌声に聴き惚れながら三杯酒

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818210245.jpg ▲すばらしい歌声でチベット民謡を聴かせてくれた人たち。本当にすばらしかった。

 2010年5月11日、三杯酒の嵐。

 夕方5時頃、甘粛省最南端、四川省に接した町迭部(テウォ)県の中心地に到着しました。雪を残した4,000m以上級の山がその急峻な山壁を近くまで迫らせた小さな町です。甘南チベット族自治州の一部ですから、住民にはやはりチベット族が多いのでしょう。

 一休みをして夕方6時半から夕食です。大きな円卓に十数人が座って、にぎやかな宴会が始まりました。高地に棲息する「藏牛(チベット牛)」や羊の肉、今が旬の山菜などがふんだんに卓上に並びます。

 このあたりのチベット族が飲むお酒は「青稞酒」。中国の北方では日本の焼酎や泡盛に似た蒸留酒「白酒」をよく飲みますが、「青稞酒」もその一種。「青稞」とはオオムギまたはハダカムギのことで、それを原料にした蒸留酒のようです。中国の他の地方で飲まれるアルコール度数60%や50%を超えるような「烈酒」ではなく、30数%の比較的穏やかな酒です。

 その「青稞酒」を飲むために、チベット族の歌唄いたちが、その宴席へ入ってきました!

 チベット族の民族衣装を身にまとった歌唄いたちは全部で6人。男性2人に女性4人で、男性の1人はギターのような弦楽器を持っています。メイン役の女性は、小さな杯が三つ載ったお盆を手にしています。

 さあ、「三杯酒」の始まりです。お盆を手にした女性がターゲットを見定めると、その人の前で高らかに歌を歌い始めます。弦楽器が掻き鳴らされて伴奏となり、他の人々もそれぞれに声を合わせます。ターゲットにされたその人は、この歌が一曲終わるまでに、お盆の上に載っている「青稞酒」がなみなみと注がれた三杯の酒を全部飲み干さなければならないのです。一気飲み三連発というヤツですな。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818210240.jpg ▲「三杯酒」の始まり。右端の女性が声高らかに唄いながら酒を勧めていく。

 唄われるのはもちろんチベット民謡です。ときどき漢語の歌も唄ってはくれるようですが、やはりチベット語で唄われるチベット民謡が多い。そしてその声のすばらしいこと!どの人の歌もすばらしいのですが、お盆を持って「三杯酒」を勧めるメインの女性の声は別格。向かい合って真正面からその歌を聴くと、酔っておらずともくらくらと脳髄と心髄に響き入ってきます。その力強さ、その美しさ、その潑剌さ、その清らかさ、それらに完全に圧倒されたとしか言いようがありません。とにかくすばらしい。感動のあまり、僕は三杯の酒杯をたちどころに飲み干してしまいました。

 何度、「三杯酒」が回ってきたでしょう。酒に酔ったのか、歌に酔ったのか、いずれにしてもこのチベット族のいきいきとした風俗習慣とすばらしい歌と旋律にすっかり惚れ込んでしまいました。もう一度、ここテウォの町にやってきたい、この歌を聴くためにやってきたいと、そう思いながら、この日の夜の宴席が更けていきました。

 明けて5月12日、まだ朝早いせいか空には雲が多く、昨日は見えていた急峻な高山もはっきりは見えません。宿の前を通るメインストリートを走る車はまだ少なく、まだひっそりとしています。道路向こうには小さな広場があり、そこだけが活気づいています。日本ならラジオ体操になるところですが、中国のみなさんは朝からダンスです。なんだかわけのわからない音楽をかけて、おばさんたちが朝の舞踊に励んでいます。

 さすが蒸留酒。海抜2,450mの高地で前夜何度となく繰り返した「三杯酒」は少しも残らず、ぱっちりとした目覚めです。しかしそれにしても、あのチベット民謡を、また聴きたいよ。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818210258.jpg 迭部県の朝。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818210252.jpg ▲迭部県の中心部に小さな広場でおばさんたちが朝からダンス。その向こうの急峻な山はまだ見えない。