厳冬の中国最北端をゆく(その22;終点ハイラル)
▲夕闇迫る頃、扎羅木徳駅に到着。
2007年1月8日、とうとう終点。
牙克石駅で15分停車したあと再び大雪原に飛び出した4182次列車は、牙克石駅から列車番号を4183次に変え、ラストスパートとばかりに西へ西へと走り続けます。真冬の日は短く、外は薄暗くなってきました。それとともに気温もどんどん下がります。海満駅、大雁駅と停車し、扎羅木徳には17:10の到着。どこかイスラム寺院を思わせる形の駅舎がシルエットになりかかっていました。
扎羅木徳から11分で順河に停車したあとは、残り50分をノンストップで走って、終点ハイラルに定刻18:11の到着です。朝06:20に満帰駅を出発した中国超ローカル列車の旅がようやく終わりました。無謀なこととは知りながら中国鉄路全線走破をひそかにめざす僕にとっては、一日に一本しか列車が走らない満帰~伊図里河の区間を乗れたことは大きな収穫です。そして、大興安嶺という中国屈指の森林地帯からモンゴル高原へとダイナミックに変化する車窓の風景を思う存分楽しむことができたのも大きな収穫です。
終点ハイラル到着。
終点ハイラルでぞろぞろと皆が降りてしまうと、ただでさえ寒い広いホームはますます寒々とします。ここから西へあともう196km行くと満洲里、ロシアとの国境の駅に着きます。北京とモスクワを満洲里経由で結ぶシベリア鉄道の国際列車も通る幹線です。北京から満洲里まで2,347km、そして北京から満洲里を経由してモスクワまでなんと9,025km。そんな列車に比べれば、満帰からハイラルまでの4182次列車の旅なんて子供だましのようです。
▲約12時間の4182次列車の旅を終え、終点のハイラル駅のホームに立つ。