さよなら「出雲」・山陽山陰の旅(その10;三次駅の朝)
▲まだ朝6時前の三次駅構内。それでも煌々と明かりが灯り、もう2本の列車を送り出しました。
2006年2月19日(日)、早朝の三次駅。
前日「みよし6号」に乗り続けてそのまま備後落合まで行き、翌日は木次線のスイッチバック体験というのにも惹かれましたが、木次線はスイッチバックは未体験ながら宍道~亀嵩間は乗ったことがあります。そこで今回は三次で一泊して、完全未乗車路線である三江線に乗ってみることにしました。
全長108.1kmの三江線。ローカル線としてはかなり長い距離を擁する路線だと思いますが、全線を直通する列車は下り2本、上り1本のみ。あとはほぼ中間の浜原を境に両側でそれぞれ3~5本ずつ列車が走っていますが、浜原での接続は良いとは言えず、青春18きっぱー泣かせの路線と言えそうです。
三次駅周辺はまだ真っ暗。
改札周りにも人影はなし。
僕が三江線に関心を寄せるもう一つの理由は、沿線に柿本人麻呂伝説ゆかりの地だということ。歌人・斎藤茂吉は、柿本人麻呂の「鴨山の磐根しまける吾をかも知らにと妹が待ちつゝあるらむ」という歌に現れる「鴨山」こそが柿本人麻呂の終焉の地であるとして、その「鴨山」はいったいどこにあるのかと、昭和初期に、浜原の一つ江津寄りの駅・粕淵から入っていく湯抱温泉に逗留しながら探査をしました。石見の地には数多くの柿本人麻呂伝説が残っていますが、粕淵や湯抱温泉は、その一つを訪ねて僕が行ってみたい場所の一つなのです。
とはいえ、今回は時間がないので粕淵などで降りてはいられません。まずは三江線初乗車ということで、三次から江津まで乗り通すつもりです。
ただでさえ日の出の遅い西日本の2月の朝6時前、三次駅の周辺はまだ真っ暗です。それでももう一日の活動は始まっていて、5時台から何本かの列車が三次駅を発っていきます。05:27発府中行き普通列車1720Dが一番列車。その1分後には05:28発の広島行き普通列車1851Dが発車します。その次が06:07発の三江線浜原行き普通列車444D。改札を出て右のほうへ行くと、構内のかなりはずれのほうに切り欠き式の0番線ホームがあり、まだ真っ暗闇の中にテールランプとヘッドライトと、車内の明かりをほのかにホームに投げかけて、一両編成のキハ120形気動車がなんだかエンジン音も控えめに発車を待っていました。乗客は他には誰もいません。貸し切り状態で三次駅を発車です。
三次は三江線の起点。
▲三次発浜原行き普通列車444Dはキハ120形の単行運転。