さよなら「出雲」・山陽山陰の旅(その2;食パン電車)
2006年2月17日、北陸本線を上る。
富山では仕事仲間が岩瀬浜まで連れて行ってくれて、お昼に富山名物「白エビ」をごちそうしてくれました。初めて食べたけれど、なんとまあおいしいこと!それでもって岩瀬浜の地酒と言えば「満寿泉」。これまた旨かったりなんかして。
昼からほろ酔い加減で富山駅へ戻り、13:52発の10M特急「しらさぎ10号」名古屋行きに乗ります。自分の記憶では今まで一度も「しらさぎ」には乗ったことがないので、683系に置き換えられた「しらさぎ」に乗るのももちろん初めて。車測に引かれた細いオレンジ色の線が気に入ってます。
富山にて683系「しらさぎ」。
683系8両編成の「しらさぎ10号」は俊足を存分に発揮して、2時間弱で敦賀に到着。「はくたか2号」といい「しらさぎ10号」といい、北陸特急街道のすごさを体感しました。しかし、北陸新幹線開通後はいったいどんな変化がもたらされるのでしょう……。
「しらさぎ10号」を敦賀で降りると、向かいのホーム7番線には、だんだんとレアになりつつある「食パン電車」419系が停まっているではありませんか。行き先表示幕には「米原」と出ていますが、敦賀16:51発の米原行き146Mでしょうか。先頭車両はクハ418-5で、まさにスライス食パン。583系の「顔」そのままではありませんが、十分にかつての活躍をしのぶことができます。横に細長い窓、正方形の行き先表示幕、折りたたみ式ドア、ドアの内側のステップ、そこここに583系時代の面影が残っていて涙を誘います(・_・、)。
敦賀で乗り換え。
583系の面影を色濃く残す。
さて、こちらはすぐに乗り換えです。2003年に全線が電化された小浜線を行く938Mは、電化に合わせて投入された125系電車。学校帰りの高校生たちをたくさん乗せながら、終点東舞鶴までは約1時間50分。2年後の2008年に米国大統領選挙に絡んでこんなに有名になるとはこの時は夢にも思わなかったオバマ線を走り抜けて、夕闇のたちこめ始めた東舞鶴には定刻17:39に到着。高架駅の東舞鶴の駅前はうっすらと雪をかぶっていました。
東舞鶴駅前は雪化粧。