はじめての「ＳＬ冬の湿原号」③（天塩中川の思い出）

↑宗谷本線糠南～雄信内間の天塩川。一分の隙もなく凍っている。

　2005年1月21日、天塩中川の思い出。

　13:55、定刻に音威子府駅を出た列車は、天塩川に寄り添うようにして走ります。天塩川はすっかり凍り付いていて、誰にも踏み荒らされないままの真っ白い帯となって車窓の左側に広がっています。

　そして14:03、筬島駅停車。
　筬島と天塩中川にはちょっとした思い出があります。

筬島駅。

　大学時代の卒業旅行で仲間と北海道へ行き、いろいろまわった最後に僕だけ仲間から別れて一人で天塩中川へ行きました。かつて筬島と佐久の間にあったという「神路」という駅を訪ねたかったのです。

　ちょっとしたきっかけで「消えた村・神路」を追っていた時、昭和61年ぐらいまで駅があったらしいということを知り、あまり予備知識も持たずにそこを訪れる気になり、まずは天塩中川までやってきて駅前の旅館に投宿しました。その宿のおかみさん（まだ若い奥さんでしたが）は、「このあたりに神路というところがあったそうですね」というこちらの問いかけに「自分は中川の者ではないのでよく知らないが、聞いたことはある」と言いつつ、こちらからお願いしたわけでもないのに「こんなものしかないですが、役に立てば」とどこからか「中川町史」という分厚い本と電気スタンドを持ってきてくれました。ほとんど予備知識を持たずにやってきた僕は喜んでその本を借り、翌日は朝7時の一番列車に乗らねばならないのに、夜なべをして読みふけり、必要な箇所をひたすらノートに書き写しました。

　翌朝、本とスタンドを返し、7時少し前に宿を出ようとすると、おかみさんが慌てて出てきて、「自分もいつもは7時の汽車で音威子府まで出ているのだが、今日は別用があって行かないので、ご一緒できません。何もありませんが、これを」と言って、ほかほかのおにぎりと漬物をくるんだ包みを差し出しました。僕はびっくりしてしまってとっさにお礼の言葉が出てきませんでしたが、すぐにありがたさがこみ上げてきました。その日は筬島から神路駅跡まで歩くつもりでどうやって食料を調達していいか全然当てがなかったこともあるけれど、一泊素泊まりで朝早くに発とうとする若造に本やら電気スタンドやらをどこかから見つけて貸してくれただけでなく、早朝ににぎりたての温かいおにぎりを持たせてくれるなんて、思いもかけない親切に涙が出そうになりました。

　旅館から駅まではわずか徒歩一分ほど。おかみさんにお世話になったお礼を改めて言って、上りの一番列車に乗りました。膝にのせたおにぎりはいつまでも温かく、窓に見える天塩川も心なしかとてもやさしく列車に寄り添っているようでした。

　これが、たった一度きり立ち寄った天塩中川の思い出です。
　「中川町史」を書き写していた夜半、ひと息入れようと開いた窓から見えたひっそりとした天塩中川の駅舎としんしんと音もなく降り積もる雪景色を、今でもはっきりと思い出すことができます。
　あの駅前の旅館は、今もあるでしょうか。

雄信内で交換待ち。

　列車は筬島も天塩中川も過ぎて、雄信内駅へ。ここで交換列車をじっと待ちます。
　かつては糠南～雄信内間に上雄信内という駅があったそうですが、2001年6月30日に廃止されてしまいました。雄信内の駅名標にはまだ書き換えた跡が窺われ、かつてあった駅のなごりをとどめていました。
　待っていた列車は札幌行き3042D特急「サロベツ」。183系の冬季輸送対応増結5両編成が駆け抜けて行きました。おお、これが「スーパー宗谷」とともにデビューした「サロベツ」であるか。なにしろ宗谷本線に足を踏み入れるのは久しぶりであるので、「サロベツ」にお目にかかるのもこれが初めてです。

駆け抜ける特急「サロベツ」。

　「サロベツ」が行ってしまって再び静寂が戻ると、今度はこちらの番です。さあて、とキハ54形がどるるとエンジンを吹かしました。

特急を見送って雄信内発車。