毎日ヶ原新聞

日本全国、時々中国、たまにもっと遠くへ、忘れちゃもったいないから、旅の記録。

2007・年納め全国どさまわり行(その12;神通川に寄り添って)

【2009年10月10日の追記】

 2007年暮れのどさまわり旅日記を、書庫移設に伴いリバイバル掲載しています。

 神通川と言えば公害病を思い出す方もいまだ多く、富山県に対する賠償の支払いもまだ終わっていないとも聞いたことがありますが、今現在の神通川の流れはとてもそのような過去があるようには見えない清流の趣。公害を二度と起こさないとの多くの人々の長い間の思いがそこにはあるのでしょう。

 このときは長い間の災害不通からようやく脱し、「ワイドビューひだ」が富山への直通運転を再開して間もない頃でしたが、僕は「ワイドビューひだ」での名古屋~富山完乗はしたことがないので、いつかトライしてみたいものです。

 では、リバイバル、どうぞ。

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https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818135509.jpg ▲猪谷駅にやってきた特急「ワイドビューひだ1号」。

 2007年11月29日、高山本線南下。

 高山からやってきたJR東海普通列車が富山行きのキハ120と同じホームに向かい合わせに入ったのはどうしてだろうと不思議に思っていましたが、発車4分前になってその理由がわかりました。空いているホームに名古屋からの1021D特急「ワイドビューひだ1号」富山行きがやってきたのです。なるほど、これと交換してから発車なのですね。
 3年もの長い間高山や飛騨古川までで足止めを食っていた「ワイドビューひだ」も、全線復旧開通によって本来の目的地である富山まで行けるようになりました。富山まで乗り通す利用客も多いようです。「ワイドビューひだ1号」は猪谷でJR西日本の乗務員への交代が済むとディーゼル特有のエンジン音をふるわせて富山へ向けて出発していきました。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818135457.jpg キハ48-6807。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818135503.jpg ブルーのモケットが嬉しいです。

 さあこちらも発車です。最初に入るトンネルまでは、かつて神岡鉄道の線路址と併走します。高山までは52.8km、1時間11分の旅です。神通川につながる宮川に寄り添いながら、3年間不通区間だった杉原、打保、坂上、角川と停まっていきます。復旧までこれほど時間をかけねばならなかった最大の被害を受けた場所はどこだろうか、真新しいコンクリートの土砂止めのようなものでも目に付かないかと目をこらしますが、とにかくトンネルが多く、見定めることはできませんでした。しかし、トンネルとトンネルの間にかいま見える川の流れと名残の紅葉の景色はすばらしく、乗客が少ないことをいいことに、時々窓を開けては写真を撮ったりして過ごしました。岐阜~高山間、高山本線の南側の車窓の景色もすばらしいですが、高山より北側もまたすばらしい車窓が楽しめます。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818135514.jpg 紅葉の名残の中を行く。

 さて、車内は昼時でありますからして、駅弁の登場であります。富山で買い込んだ「鱒の寿司」であります。富山の鱒寿司と言えば大御所「源(みなもと)」が有名ですが、この日のチョイスは「高田屋」。「源」のホールサイズの鱒寿司よりも小ぶりで、一食食べるのにはちょうどよい感じ。深い濃緑色の水をたたえた神通川沿いに広がる名残の紅葉の車窓を眺めながらの鱒寿司はまた格別のおいしさでした。

 そうしてやがて、角川を過ぎると徐々に地形は開けてきて、さあ終点高山に到着です。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818135523.jpg 「高田屋」の「鱒の寿司」。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mainichigaharu/20190818/20190818135518.jpg神通川沿いの車窓は初冬を迎えてなおすばらしい。